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東京地方裁判所 昭和38年(ヨ)2387号 判決 1964年5月30日

債権者

伊藤佐又

右訴訟代理人弁護士

矢代操

山本彦助

債務者

八幡メタルフオーム株式会社

右代表者代表取締役

有田通元

債務者

日本テトラポツド株式会社

右代表者代表取締役

江口辰五郎

右訴訟代理人弁護土

新家猛

坂野滋

瀬尾信雄

債務者

清水建設株式会社

右代表者代表取締役

清水康雄

債務者

前田建設工業株式会社

右代表者代表取締役

前田又兵衛

右四名訴訟代理人弁護士

山根篤

下飯坂常世

海老原元彦

今井壮太

主文

本件仮処分申請は、いずれも却下する。

訴訟費用は、債権者の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

債権者訴訟代理人は、「一債務者八幡メタルフオーム株式会社及び同日本テトラポツド株式会社は、別紙第一目録記載の構造の「四突出体ブロツク製造用型枠」を製造し、使用し、譲渡し、貸し渡し、又は、譲渡若しくは貸渡しのために展示してはならない。二債務者清水建設株式会社及び同前田建設工業株式会社は、前項記載の物件を使用し、譲渡し、又は貸し渡してはならない。三別紙第二目録記載の場所に所在する第一項記載の物件に対する債務者らの占有を解いて、債権者の委任する静岡、千葉、津及び大分の各地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。四債務者八幡メタルフオーム株式会社は、その占有する「テトラポツドフオーム」と題する第一項記載の物件について解説したパンフレツトを廃棄せよ。五債務者八幡メタルフオーム株式会社は、前項のパンフレツトと同一又は類似のパンフレツトと同一又は類似のパンフレツトを印刷、製本若しくは頒布してはならない。六債務者日本テトラポツド株式会社は、「ネイルピツクのテトラポツド」と黄色文字で題名を記載した、第一項記載の物件についての解説のある「パンフレツト」のうち、その第三頁第十行目の「ナンバー五四三二六一」の記載部分及び銀色文字の同題名のパンフレツトのうち、その第四頁第八行目の「実用新案(昭和三六、四、二六登録査定)」の記載部分をそれぞれ抹消せよ。七債務者日本テトラポツド株式会社は、前項の各パンフレツトの記載部分と同一又は類似の記載をパンフレツトに掲載してはならない。八別紙第三目録記載の場所に所在する第四項及び第六項記載の各パンフレツトに対する債務者八幡メタルフオーム株式会社又は債務者日本テトラポツド株式会社の占有を解いて、債権者の委任する東京、名古屋、大阪、広島、福岡、新潟及び札幌の各地方裁判所執行吏にその保管を命ずる。九第三項及び第八項の場合において、執行吏は、その保管に係ることを公示するため、適当な方法をとらなければならない」との判決を求め、債務者ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。

第二  当事者の主張

(申請の理由等)

債権者訴訟代理人は、仮処分申請の理由等として、次のとおり述べた。

一  債権者は、次の登録第五四三、二六一号実用新案権の権利者である。

考案の名称 四突出体ブロツク製造用型枠

出   願 昭和三十三年十月三十日

出願公告 昭和三十六年一月三十日

登   録 同年七月十四日

二  本件実用新案権の登録出願の願書に添附した明細書の登録請求の範囲の記載は、「図面に示すように対向して緊締される縁部12と孔13に支持杆15を取り付けた支持板14とをもつ型板11を四つ隣接緊締した四突出体ブロツクを形成する型枠主部1外面に挾圧座部21と補強部22とを、内面に型枠主部1の突出部端傾斜面に接する位置決め突部23を設けた端板2及び支持杆15に係合する支持部31と押圧座部21を押圧する押圧部32とをもつ緊締具3とからなる四突出体ブロツク製造用型枠の構造」である。

三  債務者らは、それぞれ次のとおり本件実用新案権を侵害している。すなわち、

(一) 債務者八幡メタルフオーム株式会社(以下「八幡」という)は、肩書地の本店のほかに、大阪市、名古屋市、広島市及び八幡市に事務所を設け、昭和三十六年一月三十日から本件登録実用新案の技術的範囲に属する別紙第一目録記載の構造の「四突出体バロツク製造用型枠」(以下「本件型枠」という)を製造し、これを債務者日本テトラポツド株式会社(以下「日本テトラポツド」という)、同清水建設株式会社(以下「清水建設」という)、同前田建設工業株式会社(以下「前田建設」という)その他の第三者に販売し、賃貸し、又は販売若しくは賃貸のために展示し、年間推定約四十億円の収益をあげ、現在別紙第二目録記載の工事場所で本件型枠の販売、賃貸等をしている。

(二) 債務者日本テトラポツドは、肩書地の本店のほかに、大阪市に支社、新潟市に営業所を設け、本件型枠の製造を債務者清水建設、同前田建設その他の第三者から受注し、債務者八幡に下請発注して製造させたうえ、これを前記受注先に販売し、賃貸し、又は販売若しくは賃貸のために展示し、年間推定約二十億円の収益をあげ、現在別紙第二目録記載の工事場所で本件型枠の販売、賃貸等をしている。

(三) 債務者清水建設及び同前田建設は、別紙第二目録記載(1)の静岡県由比海岸堤防工事現場において本件型枠を使用し、又は工事下請業者に対し本件型枠の販売、貸渡し等をしている。

(四) 債務者八幡は、「テトラポツドフオーム」と題する本件型枠について解説したパンフレツトを印刷、製本、頒布しているが、このパンフレツトの第一頁に記載の「特許登録第二三七、五三七号」の特許発明と、同書第三頁以下に掲載の図面写真及び解説とは全く符合せず、これらの図面、写真及び解説は本件登録実用新案についてのものにほかならない。

(五) 債務者日本テトラポツドは、黄色文字又は銀色文字で「ネールピツクのテトラポツド」なる題名を記載した本件型枠についての解説の記載のあるパンフレツトを印刷、製本、頒布しているが、これらのパンフレツトの第一頁の「まえがき」には、債務者日本テトラポツドがネイルピツク社と技術提携して本件型枠を製造、販売する旨記載しているにかかわらず、黄色文字の題名のパンフレツトの第三頁第十行目には、「ナンバー五四三、二六一」と本件実用新案権の登録番号を無断掲載し、また、銀色文字の題名のパンフレツトの第四頁第八行目には、「実用新案(昭和三六、四、二六登録査定)」と本件実用新案権の登録査定日を記載し、いずれも、あたかも債務者日本テトラポツドが本件実用新案権につき実施権を与えられているかのように掲載している。

四  債権者は、本件登録実用新案に係る型枠の製造、販売等をするため中部テトラポツド株式会社を設立し、また、東急くろがね車体工業株式会社との間にも実施許諾契約を締結し、その試作に着手したのであるが、さらに製造、賃貸等を進めようとしても、債務者らの前記侵害行為により、債権者の企業は著しい妨害を受け、事業の開始は到底覚束なく、また、これにより債権者が蒙る有形、無形の損害は回復し難いものがある。

五  よつて、債権者は、本件実用新案権に基づき、債務者らに対し、前記本件型枠の製造、販売、賃貸、使用等の行為の差止請求並びに債務者八幡及び同日本テトラポツドに対し前記各パンフレツトの廃棄等侵害の予防に必要な行為請求の訴訟を提起する準備中であるが、右本案判決の確定をまつにおいては、債権者は、前記のとおり回復し難い損害を蒙るおそれがあるから、これを避けるとともに、前記の急迫なる強暴を防ぐため、本件仮処分申請に及ぶ。

六  債務者らの先使用による通常実施権等についての主張に対する答弁

(一) 債務者ら主張第四項の(一)の事実のうち、(4)の点は知らないが、その余は否認する。ことに、フランス物産株式会社(以下「フランス物産」という)の代表取締役川口守一は債権者から本件実用新案登録出願手続の委任を受けた者であるところ、債務者八幡は、本件実用新案が債権者の考案に係ることを知りながら、川口を通じ右考案の内容を悪意で知得したものである。

(二) 同項(二)の点は争う。本件実用新案登録出願当時においては、現行実用新案法(以下「新法」という)はいまだ施行されていなかつたから、本件実用新案権についての先使用による実施権の成立するかどうかは、大正十年法律第九十七号実用新案法(以下「旧法」という)第七条の規定により判断されるべきである。

仮に、本件の場合において、新法の適用があり、かつ、債務者八幡が本件実用新案登録出願の当時その実用新案実施の事業の準備をしていたとしても、債務者八幡は、前記のとおり、本件実用新案が債権者の考案に係ることを知りながら、川口を通じ、その考案の内容を知得したものであるから、先使用による通常実施権を有しない。

(三) 同項(三)及び(四)の点は、争う。

七  仮に、債務者八幡が先使用による通常実施権を有し、また、その余の債務者らが適法に本件型枠を賃貸し、又は使用しうるとしても、債務者らは、その実施している本件型枠が本件登録実用新案の技術的範囲に属することを本件実用新案登録出願後において知得した際、フランス物産の川口が債権者から本件実用新案登録出願手続の委任を受けた者であり、それにもかかわらず、不法にも、本件考案の内容を債務者八幡にもらした事実につき何等の調査もせず、又はこの事実を調査の結果知りながら、債権者と何等の交渉又は協議をすることなく、あえて本件型枠の製造、販売、賃貸、使用等をしてきたものであるから、債務者らの行為は権利の乱用として許されないものである。

八  債務者らの信義則違反の主張に対する答弁

債務者ら主張第五項の事実のうち、本件実用新案登録出願当時、川口守一がフランス物産の代表取締役であつたことは認めるが、その余は否認する。

(答弁等)

債務者ら訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

一  債権者主張の第一項及び第二項の事実は、認める。

二  同第三項の事実について。

(一) 同項(一)から(五)以外の事実は、否認する。

(二) 同項(一)の事実のうち、債務者八幡が債権者主張のとおりの事務所を有し、その主張の構造の本件型枠を製造し、これを債務者日本テトラポツドに販売し、又は販売のために展示していること、本件型枠の構造が本件登録実用新案の技術的範囲に属すること、及び債務者八幡が三重県の施行した別紙第二目録記載(5)の四日市海岸工事に際し、本件型枠を三重県に販売したことは認めるが、その余は否認する。

(三) 同項(二)の事実のうち、債務者日本テトラポツドが、債権者主張のとおり、支社、営業所を有し、債務者八幡から本件型枠を購入して、これを債務者清水建設、同前田建設その他の第三者に賃貸し、又は賃貸のために展示していること、並びに別紙第二目録記載(3)及び(7)の三重県長島港と大分県鶴ケ崎埋立地の各工事現場において本件型枠を賃貸していることは認めるが、その余は否認する。

(四) 同項(三)の事実のうち、債務者清水建設及び同前田建設が債権者主張の工事現場において本件型枠を使用していることは認めるが、その余は否認する。

(五) 同項の(四)事実のうち、債務者八幡が債権者主張の題名のパンフレツトを印刷、製本、頒布していることは認めるが、その余は否認する。

(六) 同項(五)の事実のうち、債務者日本テトラポツドが債権者主張の各パンフレツトをそれぞれ印刷、製本、頒布していること、及び、これらのパンフレツトに債権者主張のとおりの各記載があることは認めるが、その余は争う。

三  同第四項の事実のうち、債権者が中部テトラポツド株式会社を設立し、また、東急くろがね車体工業株式会社との間に本件実用新案権につき実施許諾契約を締結し、その試作に着手したとの点は知らない。

その余の事実は否認する。

四  債務者八幡の先使用による通常実施権等について。

(一) 債務者八幡は、本件実用新案登録出願の日である昭和三十三年十月三十日当時、フランス国エタブリスマン・ネイルピツク会社(以下「ネイルピツク社」という。)から、フランス物産を通じて、本件登録実用新案の技術的範囲に属する本件型枠についての展開図の交付を受け、本件型枠の製造及び販売の準備をし、かつ、その事業をしていたものであるからその事業の目的の範囲内で、本件実用新案権につき先使用による通常実施権を有するものである。すなわち、

(1) 債務者八幡は、ネイルピツク社の権利に属する特許番号第二三七、五三七号特許権(発明者ピエル・フランソワ・ダネル、出願人フランス物産、昭和三十年七月二十一日出願、昭和三十二年八月二十九日出願公告、同年十二月十日登録、発明の名称「共通の中心部から発出する四個の凸出部を有する対称的なブロツクの製造用型枠」、昭和三十三年二月十八日ネイルピツク社のため譲渡登録。以下この特許発明に係る型枠を「ネイルピツク型枠」といい、この特許権を「ネイルピツク型枠特許権」という)につき、日本国内における製造、販売等に関する独占的実施権を有するフランス物産から、昭和三十三年九月ごろネイルピツク型枠の日本国内における製造に関し独占的な実施権を許諾され、そのころフランス物産に対し、その製造に必要な製作図面の交付を要求した。フランス物産は、同年九月三日付でネイルピツク社の代理店ソトラメールよりテトラポツド製造用型枠図面の送付を受け、これを債務者八幡に交付したが、同図面は不充分であつたため、債務者八幡においてさらに詳細な図面の交付を要求したところ、フランス物産は、同年十月八日、ソトラメールから、「テトラポツド鋳造用ネイルピツク式型枠」と題する本件型枠についての詳細な展開図の送付を受け、そのころ、これを債務者八幡に交付した。

(2) 債務者八幡は、従来から自己の特許出願に係るテトラポツド製造用型枠(のちに特許番号第二六七、九六六号をもつて登録された。以下「八幡式型枠」という。)を佐倉鋼鉄興業株式会社(以下「佐倉鋼鉄」という。)に製造させていた経違から、ネイルピツク型枠の製造を佐倉鋼鉄に委託することとし、昭和三十三年九月中旬、前記九月三日付送付に係る図面を佐倉鋼鉄に手交して、その製造準備にかかるべきことを指示し、続いて前記十月八日送付に係る展開図を同年十月中旬佐倉鋼鉄に引き渡した。

(3) 佐倉鋼鉄は、債務者八幡の指示に基づき同年十月八日ネイルピツク型枠二トン型及び四トン型各百組の製造についての見積書を債務者八幡に提出するとともに、同月中旬ごろより、本件型枠に関する前記展開図に基づいて製作図面を作成し、同時に従来から八幡式型枠を製造するために有していた機械等を本件型枠の製造のために転用し、さらに、本件型枠の製作に必要な型工具、治具等の製作に着手し、かつ、必要な機械を購入し、同月三十日当時、本件型枠を製造するための設備を有するに至り、また、製造に必要な鉄鋼原材料については、これまでに使用していた八幡式型枠の材料をもつて差当りは間に合わせたが、引き続き必要とする分について、同月二十九日、展開図に示された鉄鋼材料として、六ミリ鉄板の支給方を債務者八幡に依頼し、原債務者八幡は同月三十日付で八幡製鉄株式会社に六ミリ鉄板を発注した。

(4) しかして、債務者八幡は同年十月八日フランス物産より同年中に需要者に引き渡すべきテトラポツド型枠として新潟港工事事務所納入分として八トン型二百組、大阪市港湾局土地造成部納入分として一トン型及び二トン型各二百組その他新潟県直江津港工事納入分の発注を受けていたほか同月二十二日には中海干拓調査局米子分室から〇・二五トン型枠の製作価格の見積依頼を受け、また、同月中に国鉄名古屋鉄道管理局に対し見積書を提出し、三重県四日市港務所に実験資料を提出した。

(二) なお、先使用による通常実施権は、実用新案権の成立をまつて始めて成立すべき権利であるところ、本件実用新案権は新法の施行後において成立したものであり、したがつて、これに対する先使用による実施権もその時に成立したものというべきであるから、本件先使用による通常実施権の成立については、旧法の規定によるべき旨の特別の規定がない以上、その権利成立時の法律である新法第二十六条において準用される特許法第七十九条の規定が適用されるべきである。仮に、本件の場合において、旧法第七条の規定が適用されるとしても、前記のとおり、債務者八幡は、本件実用新案登録出願当時、その実用新案実施の事業をし、又は事業設備を有していたのであるから、先使用による実施権を有するものである。

(三) 債務者日本テトラポツドは債務者八幡が適法に先使用による通常実施権に基づき製造した本件型枠を債務者八幡から買い入れたものであるから、これを適法に第三者に賃貸し、又は使用しうるものというべく、また、債務者日本テトラポツドからさらに本件型枠を賃借している債務者清水建設及び同前田建設も、同様本件型枠を適法に使用しうるものというべきである。

(四) 仮に、本件型枠を製造するための事業設備の所有者が佐倉鋼鉄であることから、債務者八幡の先使用による通常実施権についての前記主張が理由がないとしても、佐倉鋼鉄は、本件実用新案登録出願の際、本件型枠の製造のための事業設備を有していたものであるから、本件実用新案権につき先使用による通常実施権を有するものというべく、したがつて、佐倉鋼鉄が先使用による通常実施権に基づき適法に製造した本件型枠を債務者八幡が引渡しを受けて、債務者日本テトラポツドに販売し、債務者日本テトラポツドが債務者八幡から買い入れた本件型枠を他に賃貸し、又は使用し、債務者清水建設及び同前田建設が債務者日本テトラポツドからこれを賃借し、使用することは、いずれも適法というべきである。

五  仮に、前項の主張が理由がないとしても、債権者が債務者らに対し本件実用新案権に基づき、差止請求権を行使することは次の理由から信義則に反し許されない。すなわち、

(一) 元来、本件登録実用新案は、ネイルピツク社の経営者ピエル・フランソワ・ダネルの考案に係り、ネイルピツク社が出願すべきものであるところ、フランス物産の代表取締役川口守一がネイルピツク社の権利を確保するため、便宜債権者名義で実用新案登録出願手続をしたものであるから、実質的にはネイルピツク社に帰属すべきものであり、したがつて、本件実用新案は登録のうえは、ネイルピツク社に譲渡されるべき性質のものであるし、また、ネイルピツク社の了解があれば、フランス物産は債権者登録名義のまま処分しうる関係にあるものである。

(二) しかるに、債務者八幡は、前記のとおり、ネイルピツク社からネイルピツク型枠特許権につき日本国内における独占的実施権を有するフランス物産との契約により本件型枠の製造及び販売を許容されたものであり、かような事実関係のもとにおいては、債権者が本件実用新案権に基づき債務者八幡の本件型枠の製造、販売等につき差止請求権を行使することは、信義則に反し許されないものというべく、したがつて、また、債務者八幡の製造した本件型枠を債務者日本テトラポツトが他に賃貸し、又は使用する行為並びに債務者清水建設及び同前田建設が債務者日本テトラポツドから本件型枠を賃借、使用する行為に対して債権者が差止請求権を行使することも、同様信義則に反するものというべきである。

六  本件仮処分は、その必要性を欠くものである。すなわち、

(一) 本件実用新案権は、ネイルピツク型枠特許権を利用するものであるから、ネイルピツク社の許諾を得ない限り実施することができない。しかるに、債権者はネイルピツク社のこの点の許諾を得ていないから、もともと実施不能の状況にありしたがつて、債権者に損害を生ずる余地がない。

(二) 債務者らの本件仮処分が発せられることにより蒙る損害は、それぞれ別紙第四目録記載のとおり、ことに、債務者清水建設及び同前田建設は、本件仮処分を受けることにより、静岡県由比海岸工事を中止するのやむなきに至り、このため、わが国の道路港湾事業を挫折させるという国家的損失を招来し、かつ、工事を未完成のまま放置することにより公共の危険を生ぜしめるおそれがある。また、債務者日本テトラポツドは、テトラポツドの型枠の賃貸のみを主たる目的とする会社であるから、本件仮処分が発せられるにおいては、従業員全員の死活に重大な影響を及ぼす結果となる。これに対し、債権者の本件仮処分が発せられないことにより蒙る損害は微々たるものであり、両者の損害を比較考量すると、債務者らの蒙る損害は著しく大であるから、本件仮処分はその必要性がない。

(三) 本件実用新案登録は、前記のとおり、考案者でなく、その考案について実用新案登録を受ける権利を有しない者の出願に対しされたものであるから、無効審判により無効となることは明らかであり、かような権利に基づく本件申請の場合は、継続する権利関係につき著しい損害を避けるため仮処分を必要とする場合に当たらないというべきである。

第三  疎明関係≪省略≫

理由

(争いのない事実)

一  債権者がその主張の実用新案権の権利者であること、本件実用新案権の登録出願の願書に添附した明細書の登録請求の範囲の記載が債権者主張のとおりであること、債務者八幡が肩書本店のほかに、債権者主張のとおり事務所を有し、その主張のとおりの構造を有する本件型枠を製造し、これを債務者日本テトラポツドに販売し、又は販売のために展示していること、本件型枠の構造が本件登録実用新案の技術的範囲に属すること、債務者日本テトラポツドが債権者主張のとおり支社、営業所を有し、債務者八幡から本件型枠を購入して、これを債務者清水建設、同前田建設その他の第三者に賃貸し、又は賃貸のために展示していること、並びに債務者清水建設及び同前田建設が債権者主張の工事現場において本件型枠を使用していることは、いずれも当事者間に争いがない。

なお、債権者は債務者らが前記の諸行為のほかに、債務者八幡は本件型枠を賃貸し、又は賃貸のために展示し、債務者日本テトラポツドは本件型枠を販売し、又は販売のために展示し、また債務者清水建設及び同前田建設は本件型枠を販売し、貸渡ししている旨主張するが、この点に関する甲第十四号証の記載は弁論の全趣旨に照らし措信し難く、他にこれを疎明するに足る資料はない。

(先使用による通常実施権等について)

二 (疎明―省略)を総合すると、次の諸事実を一応認めることができる。すなわち、

(1) フランス物産は、昭和三十三年三月十日付でネイルピツク社との間にネイルピツク社の有するネイルピツク型枠特許権につき、日本国内における製造、販売及び賃貸に関し、独占的な実施権を許諾されていたが、債務者八幡は、そのころより、ネイルピツク型枠の採用につき、フランス物産との間に再三にわたり折衝を重ね、同年八月中旬ごろフランス物産からネイルピツク型枠の日本国内における独占的な製造、販売についての権利の許諾を受け、ネイルピツク型枠の製造を決定するとともに、フランス物産に対しネイルピツク型枠の製造に必要な図面の交付を要求した。フランス物産は、この要求に基づき同年九月上旬ごろネイルピツク社の代理店ソトラメールの同年九月三日付送付に係る二トン及び四トンのテトラポツド製造用型枠図面を債務者八幡に交付したこと。

(2) 債務者八幡は、従来その登録出願に係る八幡式型枠の製造を佐倉鋼鉄に下請させていた関係から、ネイルピツク型枠についても佐倉鋼鉄に下請製造させることとし、前記図面を同年九月上旬佐倉鋼鉄に引き渡すとともに、その製作に必要な治具、工具等の設備費用、製造原価等について検討を依頼したが、型枠の製作のためには、さらに詳細な展開図を必要とするとの佐倉鋼鉄の申出により、フランス物産にその旨を伝え、ネイルピツク社に対する展開図の取寄せを依頼した。フランス物産は、同年十月中旬ネイルピツク社から取寄せに係る「テトラポツド鋳造用ネイルピツク式型枠」と題する展開図(乙第八号証の二と同一のもの)を債務者八幡に交付したが、この展開図に記載された型枠の構造は、ピヱル・ダネルの考案に係り、本件型枠の構造と全く同一であり、ただ四トン以下の型枠のヱンドブレートには補強の必要がないため、設計上補強部を要しないものとされているにすぎないこと。

(3) 債務者八幡は、同年十月上旬当時ネイルピツク型枠につき、フランス物産を通じ、納期を同年末までとして建設省新潟港工事事務所から八トン型二百組、大阪市港湾局土地造成部から一トン型二百組、二トン型二百組等の発注を受け、その他国鉄名古屋鉄道管理局、三重県四日市港務所等からも引き合いを受けていたので、前記展開図をフランス物産から受け取るや、直ちに、これを佐倉鋼鉄に手交し、至急製造にかかる旨指示したこと。

(4) 佐倉鋼鉄は、債務者八幡の右指示に基づき直ちに本件型枠の製造準備に取りかかり、前記展開図により現場用図面の作成を開始するとともに、これと並行して、従来八幡式型枠の製造に使用した機械設備のうち、本件型枠の製造に転用できるもの(シヤーリング、ベンダー、プレス機械、火熱炉、ナラシ型工具、電弧熔接機、ヱアーグラインダー、シヱーパー等)は転用し、また、本件型枠の製造のため特に必要とする治具、工具等(バイブルシヤー、プレス抜型工具、プレス曲型工具、孔あけ治具等)は自社において製作し、又は他から購入したりして、同月中には本件型枠の製造設備を整えるに至つたこと。

(5) なお、佐倉鋼鉄は、本件型枠の製造に必要な原材料としてさきに八幡式型枠の製造のため債務者八幡から支給されていた鉄板を転用して、差当りは間に合わせることができたが、引き続き必要とされる材料として六ミリ鉄板の支給を同年十月中旬債務者八幡に要求し、債務者八幡は同月三十日八幡製鉄株式会社に対し右鉄板を発注したこと。

(中略)右一応の認定を覆すに足る的確な資料はない。

なお、債権者は甲第三十八号証から第四十号の各一が川口守一の偽造に係ることから前記一応の認定に供した各疎明資料がすべて信用できない旨強く主張するようであるが、仮にこれらの書面が、債権者の主張のとおり、偽造文書であるとしても、この一事から直ちに上記各疎明資料全部が信頼性のないものとはいい難い。また、債権者は、債務者八幡は債権者が本件実用新案の登録出願手続を委任したフランス物産の代表取締役川口守一を通じ、本件実用新案が債権者の考案に係ることを知りながら、その考案の内容を知得した旨主張するが、債権者が本件考案の内容を知得した経緯は前記一応の認定のとおりであり、債権者のこの点の主張に副う甲第二十号証の二、第二十七号証、第四十二号証及び債権者本人尋問の結果は、前記一応の認定事実に照らし措信できない。

しかして、叙上一応の認定の諸事実によれば、債務者八幡は、本件実用新案登録出願の日である昭和三十三年十月三十日当時、善意で、国内において、本件実用新案に係る考案の実施の事業をし、かつ、そのための事業設備を有していた者ということができ、また、本件実用新案登録出願の際、その登録出願に係る考案の内容を知らないで、その考案をした者から知得して本件実用新案に係る考案の実施の事業をし、又は事業の準備をしていた者ということもできるから、先使用による通常実施権の成立が新法、旧法いずれの規定に基づいて定められるべきものとしても、少なくとも、本件においては、債務者八幡は、本件型枠の製造、販売及び販売のための展示につき本件実用新案権に対する先使用による通常実施権を有するものということができる。

しかして、債務者日本テトラパツドが賃貸し、又は賃貸のために展示し、また、債務者清水建設及び同前田建設が使用している本件型枠がいずれも債務者八幡の製造に係るものであることは、債権者の主張ないし弁論の全趣旨に徴し明らかであるところ、債務者八幡は、前記説示のとおり、本件登録実用新案につき先使用による通常実施権を有するので、債務者八幡がその実施権に基づき適法に製造した本件型枠を債務者日本テトラポツド、同清水建設及び同前田建設が使用し、賃貸し、又は賃貸のために展示しても、債権者において、これらの行為を差し止めることはできないものといわざるをえない。

(債権者の権利乱用の主張について)

三 債権者は、債務者らの前記各行為が権利の乱用である旨主張するが、債務者八幡が本件考案の内容を知得した経緯は前記一応の認定のとおりであるから、仮に本件実用新案の登録出願後において債務者らに債権者の主張するような事実があつたとしても、これによつて債務者らの前記各行為が権利の乱用となるいわれはない。したがつて、債権者のこの点に関する主張は採用するに由ない。

(パンフレツトの廃棄等の請求について)

四 債務者八幡及び同日本テトラポツドが債権者主張の題名の各パンフレツトをそれぞれ印刷、製本、頒布していることは当事者間に争いがないところ、これらのパンフレツトに債権者主張のとおり本件型枠についての記載があるとしても、前記説示のとおり、債務者八幡は本件実用新案権について先使用による通常実施を有し、また、債務者日本テトラポツドは適法に本件型枠を使用、賃貸しうるものである以上、債権者が本件実用新案権に基づき債務者八幡及び同日本テトラポツドに対し前記各パンフレツトにつき、その廃棄その他侵害の予防に必要な措置を請求しえないものといわざるをえない。

(むすび)

五 叙上説示のとおり、本件における疎明関係のもとにおいては、債権者の債務者らに対する本件仮処分申請は、いずれも被保全請求権を欠くものというべく、しかも、保証をもつてその疎明に代えることを適当とは認められないから、進んでその必要性について審究するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。

よつて、本件仮処分申請は、いずれも却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官三宅正雄 裁判官武居二郎 佐久間重吉)

第一目録

図面に示すように対向して緊締される縁部1と孔2に支持杆を取り付けた支持板3とをもつ型板4を四つ隣接緊締した四突出体ブロツクを形成する型枠主部5、外面に挫圧座部6と補強部7とを、内面に型枠主部5の突出部端傾斜面8に接する位置決め突部9を設けた端板10及び支持杆に係合する支持部11と押圧座部6を押圧する押圧部12とをもつ緊締具13とからなる四突出体ブロツク製造用型枠の構造。

第二ないし第四目録(省略)

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